原田健太郎 プロフィール

私の父は指圧師でしたので、鍼灸師・柔整師として治療家の世界に入る事に素養があったのかもしれませんが、実は20代後半まで治療家の世界とはかけ離れた機械メーカーのエンジニアとして関東地方で働いていました。

そんな中、ふと自分の人生を見つめ直そうという気持ちで会社を辞め、旅に出る生活を送っておりました。収入源はフリーターとして、サーカスのテント張りやクロネコヤマト、新聞配達に酒屋、ケーキ屋など、多様な仕事をしておりました。

多様な仕事とは言っても、実家に居候状態で過ごしておりましたので、時間のある私を見た父から、ほぼ強制的に民間療法の資格を取りに行かされました。

今考えれば、父は自分の治療院の後継者として治療家の世界に入れることを企んでいたと思います。

父の企みどおり、民間療法の資格を取得すると、次は国家資格を取った方が良いと勧められ、柔道整復師の専門学校に通う事になりました。民間療法の時の勉強とは桁違いに難しかったのですが、高校以来まじめに勉強することが無かった私には、この専門学校で学ぶ事が今まで習ったことの無い教科ばかりで、逆に新鮮で楽しかったです。

ケガから見えた治療家への道

とはいえ、専門学校の学費は結構高かったので、学費の捻出のためにしていた配達員のバイトの帰り道、バイクで事故に遭い左手・腕に3か所の骨折と脱臼、一ヶ月半の入院と、生まれて初めての経験を沢山しました。ちょうど専門学校で骨折や脱臼の事を習ったばかりで、病院の先生にいろいろ質問させてもらえましたし、入院患者さんの気持ちが分かることができたのは大きな収穫でした。

事故のケガは結構大変で、複数個所の骨折のために手術を3回行いましたが、最終的には腕にちょっとした後遺障害が残ってしまいました。

腕に障害がある状態で専門学校に通っていましたが、資格を取っても整骨院の仕事が果たしてちゃんとできるのだろうかと悩んでいたころ、父が急逝してしまいました。治療家として何も教わることなく逝ってしまったのが今でもチョット心残りです。

そして父の後ろ盾の無い状態で、専門学生のまま民間療法の施術のみで父の治療院を引き継ぐことになりました。

通常であれば、開業後は新規の患者さんを獲得するのが最も難しいと言われる中、父を慕ってくれた患者さんが施術に来てくださいました。

父の施術がどんなだったか患者さんに教えてもらいながら、仕事を引き継ぐことができたのは、本当にありがたかったです。

ただ、その頃はケガの後遺症のある身体で、今後どのような施術を続けていくのが良いのか、試行錯誤しながら経営を続けておりました。

そんな時、事故の保険金が入ることになったのがきっかけで、鍼灸の専門学校に入学することを決めました。

鍼灸師であれば、腕への負担も少なくまた東洋医学にも以前から興味のあったこともあり、鍼灸の専門学校の中でも臨床に力を入れている森ノ宮医療学院専門学校に入学することにしたのです。

睡眠へのこだわり

平成16年に吹田の南千里で治療院を開業して14年、臨床の経験の中で私の施術中に眠ってしまう患者様から、“眠った後のスッキリ感がたまらない”というお声を頂きました。これが、お一人でなく複数の方から感想を頂いたことをキッカケに、寝おちと睡眠負債の解消に特化した治療法を磨いてまいりました。

なぜ私が睡眠にこだわりを持っているのか?というのは、私自身の寝付きが悪く毎日寝るのにお酒の力を借りていたからです。お酒で寝る事はできても、朝の目覚めは決して良くないですし、日々の疲れはなかなかとれなくなっていました。いわゆる『睡眠負債』の状態です。そこで、自分自身が直接感じている『睡眠負債』に着目し、即返済できる方法はないか?心も身体もリラックスできる方法はないか?即効性も持続性もある方法はないか?と本気で考え、編み出したのが、この『無水温泉 睡魔セラピー』なのです。

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